サビが来ない!が始まりだった

 いつも更新を楽しみにしているtototitta!さんのブログで、バルサ・サポーターとコメントを残したら、楽しいお返事を書いていただいたので、またコメントを残そうか、とも思いましたが、自分のブログにサッカー関連の事を書こう、と思い、今日は『あまり良く知らないけれど、今一番好きなスポーツ』のうちの1つ、サッカーを、どんな人をサポートしているのか、と言う点に絞って書いてみたいと思います。

 2002年WCサッカーが開催される前私はいろんな情報をネットで集めていた。そして中学生みたいなサビオラが”恐らく”代表に選ばれるだろう・・と言う記事に安心し、アメリカ、NJに休暇に出掛けた。いつも6月にやってくる私が5月に来た。Judyは聞いた。「サッカー見る為に今年は5月なの?」私は答えた。「そう」
 帰国するとサッカー狂の友達からメールが届いていた。「サビオラ来ないそうですよー!残念ですねー!」私はこの短いメールを信じ切れなくて一番信頼できるアルゼンチンを愛しサポートしているサイト「アルメイダ・ファン・ページ」へ行く。そしてその事実をしり、ガ・ク・ゼ・ン とする。
「あぁ~~ぁサビが来ない!」でも来ないものはもうどうしようも無い。後で分かったが、サビはママの所でWCを見ていたとの事。ママにすがって泣いただろうか・・・・・。(私、サビけなしてる?)
続々と大会出場者達が来日して来る。その情報を毎日こまめに伝えてくれたサイトが、私が尊敬して止まないスキー・ジャンプをサポートしているサイト、3区民さんの「スキージャンプ・現場主義」見事なまでにレポートされたチーム、選手の行動。イングランドが来日した際、集まったファンが選手を乗せたバスを走って追いかけたらしい。3区民さんのレポートにはこう書いてあった。
”イングランド選手団を乗せたバスが走り出すとファンたちが走って追いかける。選手達は襲われると思ったかも知れない” 

ついに大会が始まる。私はいつも遊んでいたジャズのサイトを思いっきり”サッカーサイト”にしてしまい、ジャズのサイトの方々にかなりひんしゅくを買ったと思う。私のある日の書き込み。
ータイトルー「あぁ~~~」  -書き込みー「負けたぁ~」

大会開始数日後凄いコマーシャルを見る。スポンサーのアディダス。
有名選手を使って幾つかのコマーシャルを作り大会中だけ流していた。私が目を見張ったのは
椅子に座ったアルゼンチンのユニを着たアイマールが、左足をピコピコ動かして、横に立っている研究者風の男性がアイマールの足の現象について説明をする。椅子に座り一点を見つめるアイマールのナント美しい事!私は思わずつぶやく「きれい☆」私の頭にはサビオラのサの字もすでに無かった。(ハクジョウモノ!)
アルゼンチンの試合を見た時はアルメイダの色気にくらくらした。「この人ロックやってんじゃないの!?ホワイト・スネークのデビットみたい!イヤ、こっちの方が若い!」(意味不明)
そして左指の薬指に金のリングをした美しいアイマールが果敢にボールを追う、蹴る。金色のリング。「アナと結婚するのね・・・・・」私が良く覗くバレンシアのサポートサイトではアイマールのワイフ、アナの事を以前 ”動くANA” と言っていた。
 
 大会が終わり私はスキージャンプしか見ていなかったケーブルでサッカーチャンネルの契約をする。そしてリーガを見始める。時々セリアのインテルも見る。しかしリーガが面白かった。
私はサビオラをサポートしようとバルサの試合を見始めたが、サビの応援は実にみじかくして終った。私は中盤から後ろの選手の熱いプレーに引かれ始めた。そこにいたのはプジョールだった。私はバルサのユニを買う時信じられないくらい迷った。サビオラ?ルイス・エンリケ?プジョール?そして今私はプジョールのユニを時々着ている。正直嬉しい。お金があればルイス・エンリケのユニも買っておくべきだったと後悔はあるけれど。

 友達にプジョールの事を聞くとこう言った。「ガタイが大きな人ですね。以前は腕を振り回して良くファール取られていたけれど、最近は治ったみたいですね」 ヘーェ、そうだったの・・・。
アルメイダ・ファン・ページにバルサ関連で、と言う事でプジョールの事を書いたら、常連の方が彼が両腕を後ろに回しゴールに入って、シュートされたボールを蹴り返している写真を載せてくださった。その写真でもうすでに私はプジョールにメロメロ。(第一級のミーハー)。
そうしながらもよくヘアスタイルを変えるインテルのアルメイダにため息を付き、クレスポの断末魔の様な叫び声を聞いて涙を流し、ある日気が付いたら、ヒマをもてあました私はプレミアリーグを見ていて、ホンの一瞬見たテレビでルートがコミックのコブラに見えた。「あれ?今あの人、サイコンガ使わなかった?」って感じ。
その日から私はルートに熱い恋心を抱きながらも、それを決して口にしなかった。
翌年シーズン開始前、誰かがマンUからリーガのチームへ移籍した。それ私に天国と地獄を味合わせてくれる事になった。
私は当時アシスタントをしていたお芝居の中のサッカー狂のイングランド人にシーズンが始まる一週間前こう言った。
「私、お知らせがあります。今年からマンUをサポートします。」サイモンは驚いた。
「えっ!マンUを!?なぜ?」
私は白状する。
「ルートが好きなの。でも言えなかったし、チームの応援もしたくなかった。でも今ははっきり得いる。私はマンUのサポーターです!」 (ちなみにサイモンはニューカッスルのサポーター)
私は経済的理由からリーガを見ていない。それはとても残念でならない。

 私は今も時々思う。最近はもう見なくなったセリアでレコバはどうしているだろうか?と。ルイ。コスタはまだミランにいるのだろうか?シェフチェンコは元気か?マルディーにはまだ続けられるのか?そしてネドベドは今年もカードを集めすぎて一番大事な試合を観戦する事になって私を喜ばしてくれるのだろうか?

偏見を誤解を生む文とミーハー気分のお気楽サッカーサポーターの日記。これが私のサッカーの観戦方、感染方。

P.S.
2002年のWCサッカーが終ると、反省、批判、そして狂乱のサッカー記事が飛びかった。私は当時ファンだったテレビガイド”TVブログ”に面白い記事を見つけ、かなりの数コピーを作り、いろんな人に郵送した。そして結構面白反応を得た。
記事の内容は「2002年のWCサッカーでの日本のサッカーはまるで小学生がしている、ひたすら全員がボールを追っかける”ワーワーサッカー”だ」というものだった。
さぁ、否定したい皆さん、お手元に2002年WCサッカーの録画をお持ちならば、その点に注意しながら、今一度観戦してみませんか?私はミーハーだし、昔”ワーワーサッカー”やった口だから、何もいえません。(と、また逃げる、ミーハー)

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by mercedes88 | 2005-11-25 23:24 | スポーツ
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