カテゴリ:本( 6 )

彼を好きな理由

数日前、本屋さんへ行ったら村上春樹の新しい本の発売日だったみたい。
その本を手にとって、ふむふむと立ち読みをしている4,5分の内にドンドン売れていく。
でも、この手の本は買っても今すぐ読まないからなぁ・・・「シドニー」がそうだったし・・・と思い
買わないまま帰宅した。
でも気になるからうちでアマゾンを覗いてみたらまだユーズドは出ていなかった(当たり前)。
そのかわり「ひとつ、村上さんでやってみるか」のユーズドが半値以下だったので購入。
ヒマな時に適当に開いて村上ワールドを楽しむには最適な類の本だ。

その「そうだ、村上さんでやってみるか」が昨日届いた。
夜パラパラとページを開いて読んでいると何となく
だから私は春樹ちゃんが好きなんだと分かった様な気がした。

私の周りには村上春樹の「ノルウェーの森」が発売されるまで
彼の事を知る人はあまりいなかった。
「好きな作家は誰?」と聞かれ、村上春樹の名前を言っても村上龍と間違われる事が多かった。
デビューからずっと読んでいる、と言うと「どうしてその人の本が好きなの?」と聞かれ
・・・多分、あるものの、こだわり方が、『あぁ、そうなのよね・・・』って感じで・・・
と言うと、大体「ふぅ~ん」という感じの相手の言葉が返ってくる。
だらかそれ以上何も言わず
・・・まぁ、別に「ふぅ~ん」でいいんだけれどねぇ・・・
と言う気持ちになって会話が終る。

パラパラと開いたページにあった言葉はたとえば「エドワード・ホッパーは好きです」や
「ロバート・B・パーカーさんの新しい本から取った言葉です」や
「『ギャツビー』を若い頃のサム・シェパードにやらせたかった」で
そう言うあたりを読んでにんまりしている自分に『きっとこれなのね・・・』と思った。

ホッパーの絵が春樹ちゃんの翻訳本の表紙に使われたのは1冊でもう有名になってからの事だ。
確かにロバート・B・パーカーの事はパーカーが「スペンサー」シリーズを書いている頃から
何処かにいろんな形で書いていたと思うけれど、私はパーカーを「初秋」から読んでいるので
パーカーを読んでいたのは春樹ちゃんの影響ではない。
(でも、もう随分前にパーカーの本を読むのは止めた。
彼の本は原語で読みやすい、と春樹ちゃんが言っているが、分かる気がする。
『そう思ったので電話をかけた。会う事にした。会って話をした。』
-ゴチャゴチャしたことは飛ばす。-パーカーの”良い所”かも知れない。昔の事だけれど)
サム・シェパードは、映画「天国の日々」で彼に惹かれたので
これも春樹ちゃんの影響ではない。
でも映画「ライトスタッフ」の公開以後、イェーガーのガムの噛み方を真似たと
春樹ちゃんが何処かで書いていたのでそれを読んで
サム・シェパードを好きな気持ちが加速したかも知れない。

随分と作風がデビュー当時からは変化しているが、とりあえずやはり好きな作家。
「内気なジョニー」だって・・・・・・ヘンな人。
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by mercedes88 | 2007-10-19 08:13 |

ドッグイヤーとマーカー

島へ遊びに来てくれたカナちゃんが言った。

「借りている茂木健一郎の『脳と仮想』、あれいっぱい本の端、折ってるじゃない。
だいたい分るのよね・・『あぁ、このページはこの辺の事が面白くて折ってるんだ』って。
でも、所々全然分らないページの端が折ってあるのよね・・・。
で、今忙しくて読めないから中段してるよ」

そう言うカナちゃんは忙しい仕事を、1週間分程パッパッパ~アッと片付けて
『とにかく明日から1週間旅行行って来ます』
と吐き捨てるように言って、職場を後にして島へやって来ていた。

帰宅してカナちゃんと会ったけれど、カナちゃんはまだ忙しくて、本を読むヒマは無いとの事。
島でカナちゃんと本のページの端を折る話をした時
私が以前図書館から借りた
村上春樹の文庫本「遠い太鼓」の話をカナちゃんにした。

もちろん「遠い太鼓」は発売日に買った。
村上春樹がヨーロッパにいた頃の、日記の様な本。
何度も何度も読んだ。
もちろん何箇所もページの端を折っている。

ある日
近所の図書館へ行った。
図書館へ出掛ける日は大体仕事が休みの日の昼頃。
空いている。静か。
狭い図書館だけれど、新しい本も結構入る。
いつもは海外文学の棚を中心に見るのだけれど
その日は獲物が見つからず文庫本の並んだ棚の前へ行ってみた。
もちろんそこには何冊かの村上春樹の本もあった。

以前、昔のブログでだったか、ビデオ屋さんで自分の好きな映画のビデオを手に
借りようか辞めようか迷っている人を見かけると
『あのぉ・・・それ、お勧めですよ』なんて声をかけたくなる、と書いた事があったが
自分が持っている本、しかも何度も読んでいる本、さらに通勤途中でも読める様にと
文庫まで買っている本でも、ふと手にしてみたくなる時がある。
(あくまでも私の場合)
その日村上春樹の「遠い太鼓」の文庫本が、丁度その衝動を呼び起こした。
何故だか分らないけれど・・・。

私は「遠い太鼓」の文庫を手に取り、パラパラと本の中を見た。
キレイな空色のマーカーが引かれているのが目に入った。
キレイなブルーのラインで色づけされた箇所を幾つか読むと
それはさらに『これ、もう一度読まなくちゃ・・・こんな事書いてあったんだぁ・・・』
と思わずニタニタしたくなる様な言葉が、文が、比喩が、春樹ちゃんの思いがあった。
私はその本を借りた。
貸し出し期限日まで借りた。
「・・・この本を何とか手に入れる事は出来ないだろうか・・・」
と真剣に考えたりもした。
手元にある自分でページの端を折った自分の本とは別に
”ブルーマーカーの、何箇所も引かれたこの文庫本”が欲しかった。
誰かが「ここの文章が素敵だ」、「この表現がいいんだなぁ」、「コレコレ!」と
ブルーのマーカーを引いた『この文庫本』が欲い。
新しい本を買って、それを返すわけにはいかないだろうなぁ・・・・・
そんな事も考えたりした。
もちろん、2週間後その文庫本を私はキチンと図書館へ返した。

カナちゃんは言った。
「ページ折るんじゃなくて、マーカーで『ここっ!』って印付けといてよ」

了解。
今度からそうする。




過酷な夏だった・・・・・・・。

島で楽しすぎた分辛い・・・・。
ビリーを部屋に呼ぶ?
呼ばずに済みそう。
この残暑は充分ビリーのキャンプみたいだ。
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by mercedes88 | 2007-09-07 21:42 |

あの本がついに!

映画「セレンディピティー」-(Serendipity)を見た事がある人なら
覚えていらっしゃるかも知れませんね。

「コレラの時代の愛」-ガブリエル・ガルシア・マルケスー

クリスマスを5日前に控えたある日
ケイト・ベッキンセール演じるサラ・トーマスは
デパートで偶然知り合ったジョン・キューザック演じるジョナサン・トレイラーの
「名前も教えてくれないのかい?」という言葉に対してこう言う。

「もしめぐり合う運命ならば、その時が来ればめぐりあえる」

そんな曖昧な言葉を頼りに出来ないジョナサンはサラに
「『運命』がキミのところにボクの電話番号を知らせるとでも言うのかい?」
と食い下がり、彼女を何とか自分の人生に繋ぎ止めておこうとする。
そう言われたサラは5ドル札をジョナサンに渡し
名前と電話番号を書かせた後そのお金を店で使い、彼にこう言う。
「『運命』が私達を合わせるのならあのお金が私の元に帰って来る」
ジョナサンはさらに言う。
「ボクも何かもらいたいよ、『運命』から」
そこでサラは持っていた本「コレラの時代の愛」に
自分の名前と電話番号を書いて明日古本屋に売ると言う。
「『めぐり合う運命』ならば、この本をあなたは手にするわ」
ジョナサンは何年もその本を探すが見つからずそのうち
他の女性と愛し合い結婚を決意する。
そしてサラの事を心の中で
『彼女では無いのか?ほんとうか?』
と何度も思いながら、式のリハーサルを上の空でやってしまい、婚約者を泣かせる。
「心ここにあらず!」と愚痴を言って涙する婚約者から
ー結婚相手への贈り物ーとして本をもらう。
婚約者は言う。
「あなた古本屋へ行くといつもこの本を見ていたでしょう?
初版本よ、持っていないでしょ?気に入ってくれた?」
ジョナサンは勢い良くラッピングのゴールドの紙を破る
そしてそこに「コレラの時代の愛」の表紙を見る。
ゆっくりと本の表紙を開くとそこには、サラ・トーマスと言う名前と
彼女の電話番号が書かれていた。

今日の様な日に見るには丁度良いクリスマス・シーズンの出来事の映画。
その中で重要な『運命』の使者として使われた本「コレラの時代の愛」が
ついに邦訳され刊行と言う事です。
1985年発表のこの本。
値段がとっても高いので、また図書館で借りて読むことしょうと考えています。

ちなみに、初めてこの映画「セレンディピティー」を見た際、私はサラさんの事を
「なんて性悪女なんだ。それでいて、恋人に結婚を迫られると
昔出会って気になる存在だったジョナサンを探しにNYへ出て来て
彼の結婚を知って焦って結婚式をぶち壊す為(でしょう、あの行動は?)
タクシーを飛ばして式場へ行くなんて・・・・・」と思いました。
ジョナサンに結婚を白紙にされた花嫁の気持ちはどうなるのよ、ったく!
なんて思ったものです、なにせジョン・キューザック好きなもので、彼を悪く言わない。
脇役とNYの美しさが際立つ映画です。

結婚式を3日前に控えたジョナサンがサラにこだわる事を理解せず
彼のサポートを拒む親友に対して
サラへの思いを伝える為にこんな話を始める。
「ハリー(婚約者)は『ゴッドファーザー・パート2』だ。恐らくオリジナルより素晴らしい。
だけれどオリジナルを見ていないと、パート2がどれだけ良い出来なのか分らないだろう」
上手い比喩だと思いました。

まだご覧になられていない方は是非どうぞ。
でも、あくまでもアメリカ映画でございますので、あしからず。
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by Mercedes88 | 2006-12-24 20:07 |

実は・・・泣きました・・・。

 初めてJudyの新婚家庭に住み込んだ時、私は沢山の本をスーツケースに詰め込んで彼女の元へ飛んだ。
読んだ本が面白いとJudyがその本を図書館へ寄付すれば良い、とアドバイスした。
しかし、面白い本は滞在中何度か読み返す事があって、結局寄付はしなかった。

 ある日わたしは『井上ひさし』と独特の筆跡で書かれたサインの書いてある「不忠臣蔵」を読んで一章ごと大粒の涙をこぼした。もちろんJudyは帰宅すると、私に尋ねた。何故私が目を赤くしているのかを。
私はこのストーリーが生まれた本編のストーリーをまず彼女に話し、それからこの本「不忠臣蔵」のストーリーを話して聞かせた。彼女も深く感動していた。

 数年前、私はあるテレビ番組を見ていて知った。
あの「不忠臣蔵」が小説だという事を。井上ひさしの創作だと言う事を。

あの大粒の涙は、無意味な、ただの、恥ずかしいものと化した、感動的な思い出から。

めちゃ恥ずかしいですよー。え? 実話を思うこと事態、ありえない?
あぁ~、立ち直れないなぁ・・・・・。
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by Mercedes88 | 2006-12-09 03:06 |

茂木さんの本について

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茂木健一郎さんの「脳と仮想」がとても面白かった。

私が茂木さんを知ったのは昨年の10月14日らしい。
その日のブログに(Mercedes's Diary...before)に「幸運をつかもう!」というタイトルで話を書いている。

それは「ノーベル賞をとるために使う脳の部分と、ステキな恋人を見つけるために使う脳の部分が実は同じ場所なんだ」という意味の話。
茂木さんは実に面白く語られた。
私はそれで茂木さんに興味を持った。
その日のブログのページへ飛べるようにしたいのだけれども、どうも私には無理なようで・・・。

幸運をつかもう!

『美しい理論」のmironさんの応援で、以前の私のページ「幸運をつかもう!」へ飛べるようになりました。
mironさん、どうもありがとうございます!感謝します!!!!!


その日の朝のNHKのニュースの10分程度の特集で茂木さんはその話をされた。
しかしその時のNHKの茂木さんの紹介の言葉も凄い。
「脳がご専門の茂木さんにお話を伺います」
何処そこの大学の教授とか助教授という肩書きもなければフルネームでさえもない。
しかしその茂木さんが小林英雄賞をこの「脳と仮想」で受賞されると
日和見主義のNHKは今では茂木さんに番組を持たせて司会をさせている。
私は茂木さんに興味を持って、その頃本屋へ出掛けたが、茂木さんの本はなかった。
しかし、もちろん小林英雄賞を受賞された後は受賞作の「脳と仮想」と以前に出版されていた「クオリア降臨」なども平積みで置いてあった。

で、一体この本の何処がそんなに面白いのか?

それでは・・・・たとえば
今、ここに恋人たちが南の島の波打ち際にたたずんで沈む夕陽を眺めている。
「ステキな夕陽ね、とっても」
「そうだね、きれいだね、ホントに」
そして彼らは休暇を終えて帰宅し、ある日こんな会話を交わす。
「あの日の夕陽の事覚えている?ステキなオレンジの色だったあの夕陽?」
「もちろんだよ、とってもきれいな色だったね」
・・・・・しかし、誰が証明出来るだろう、恋人たちが今彼らの脳裏に思い浮かべている夕陽の色が、全く同じ色のオレンジとして彼らの脳裏に描き出されていると・・・・・・

たとえば・・・・
今、ある人が友人に向かって、自分に起きた悲しい出来事について語っている。
友人はうなずきながら話を聞き、こう言う。
「辛かっただろう、そんな悲しい事があっただなんて」
・・・・・しかし、誰が証明出来るだろう、この2人が使っている『悲しい』という言葉の意味合いが
全く同じ量、同じ深み、同じ種類の『悲しい』であると。
それに、この『悲しい』という言葉が、たとえば戦時中に、当時の人達が口にした『悲しい』の意味、深み、痛み、苦しみ、と現在のそれとが同じものだといえるだろうか?
違うならば、一体、どう違うのか説明が出来るだろうか・・・・・。

一体何の事が書いてあるのか、それは?
茂木さんはクオリアについて研究してきた人だ。
じゃ、そのクオリアとは一体なにか?
茂木さんの説明によると
「小林英雄は言った『科学は経験を”計量出来る経験”だけに絞った』
人間の経験のうち、計量出来ないものを現代の脳科学では「クオリア」(感覚質)と呼ぶ。
赤い色の感覚、水の冷たい感じ、そこはかとない不安、たおやかな予感
私達の心の中には、数量化することの出来ない微妙で切ないクオリアが満ちている」

あーもうこれで精一杯。
いくら私が書いてもこの本の面白さを上手く書き表せないだろう。
それなのに、私はこの本の要約を英会話の先生に話す約束をしている。
「なんでそんな約束したんだろう・・・・全く」

この後悔を誰が正確に理解してくれるだろう・・・・・・・。
それもまた不可能なことに違いないだろう。
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by mercedes88 | 2006-07-17 13:24 |

パイオニアの言葉を読もう

 今日はお正月に読んだ本の一冊について。
小田嶋 隆著「イン・ヒズ・オウン・サイト - In His Own Site - ネット巌窟王の電脳日記ワールド」

 部屋で音楽を聴きながらこれを読んでいてニタニタしている自分に気分が良かった。
1998年から書き始められている。
サッカー、禁酒、ニュース、ペットのイグアナ。日々の思いの綴られたこの日記はサイトを本にしたもので、それには2005年の7月までの日記が収められている。
 結構過激な発言もあって”頼もしいなぁ・・”とか思っていると
熱くなった自分を”バカだなぁ・・”なんて言って茶化してみたり、逃げの手段として使われる「寝よう」は 私の様に逃げをごまかしながら書いている者にとっては
あまりにも潔くって”はぁーこの手があるのか・・”と思わずドッグイヤー。

 確かに本を手にしていると、結構ページの端を折っている。
見るとーNATO軍の誤爆ミサイル攻撃を受けたブルガリアのソフィアの事態を、元ブルガリア代表FWのフリスト・ストイチコフに語らせるなど、ユニークな形の会話を取ってたり
MP3にハマり、”究極のフェイバリット集”作成に熱中する自分を、「最近読んだ『ハイ・フィディリティー』の主人公に身を重ねた、と言っていって「今、作っているのは『一発屋』コレクション」などには私がつい・・・聴いてみたいなぁ・・・と思う。
さらに親子で銀行のATMを壊したくだりは微笑ましくて素晴らしい。
「おまえもさくら銀行かい?」 「いや、東京三菱」 
一体どうしたら壊せるんだろう・・・と思いましたが謎も解けて笑えて、◎。


 ちょっと息抜きに、と思って読んでみると、自分の書く文体が小田嶋風になってしまっていて
それもちょっと愉しい遊びでした。
しばし小田嶋スタイルを楽しんだ後は、自分のブログを見てため息つきましたが、さすがに。

 さぁ、今年も気楽に更新して行こう、指定校。(小田嶋スタイル)
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by mercedes88 | 2006-01-15 12:29 |