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Walk

I had a broken heart.

I had been walking home after work since my heart met with a disaster

named broken heart.

I was around 2 hours from home.

A strong March cold wind was trying to catch me. I walked a bit faster

than the wind.

But the wind was faster, and it became little bit warm, and then it held my

body.

I watched a cloud high above my head. It transformed in to a strange

figure and I let

out a laugh. I muttered………”not funny”…….

I saw many cars and a bus on the road. The passengers didn’t seem to

have a destination.


I looked for a song to match the walk.

……..[ A hazy shade of winter]…no……..[America]…no…….[April Come She

Will]!

I sang the song as I walked and I thought…….What song is for

tomorrow?......

I got my home. By that time it was blue grey time. I lingered on out side in

the twilight

dyeing my whole body in the color.

I felt I was going to fall in love with the color. And I opened the door to

home.

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by mercedes88 | 2005-11-26 07:13 | ストーリー

サビが来ない!が始まりだった

 いつも更新を楽しみにしているtototitta!さんのブログで、バルサ・サポーターとコメントを残したら、楽しいお返事を書いていただいたので、またコメントを残そうか、とも思いましたが、自分のブログにサッカー関連の事を書こう、と思い、今日は『あまり良く知らないけれど、今一番好きなスポーツ』のうちの1つ、サッカーを、どんな人をサポートしているのか、と言う点に絞って書いてみたいと思います。

 2002年WCサッカーが開催される前私はいろんな情報をネットで集めていた。そして中学生みたいなサビオラが”恐らく”代表に選ばれるだろう・・と言う記事に安心し、アメリカ、NJに休暇に出掛けた。いつも6月にやってくる私が5月に来た。Judyは聞いた。「サッカー見る為に今年は5月なの?」私は答えた。「そう」
 帰国するとサッカー狂の友達からメールが届いていた。「サビオラ来ないそうですよー!残念ですねー!」私はこの短いメールを信じ切れなくて一番信頼できるアルゼンチンを愛しサポートしているサイト「アルメイダ・ファン・ページ」へ行く。そしてその事実をしり、ガ・ク・ゼ・ン とする。
「あぁ~~ぁサビが来ない!」でも来ないものはもうどうしようも無い。後で分かったが、サビはママの所でWCを見ていたとの事。ママにすがって泣いただろうか・・・・・。(私、サビけなしてる?)
続々と大会出場者達が来日して来る。その情報を毎日こまめに伝えてくれたサイトが、私が尊敬して止まないスキー・ジャンプをサポートしているサイト、3区民さんの「スキージャンプ・現場主義」見事なまでにレポートされたチーム、選手の行動。イングランドが来日した際、集まったファンが選手を乗せたバスを走って追いかけたらしい。3区民さんのレポートにはこう書いてあった。
”イングランド選手団を乗せたバスが走り出すとファンたちが走って追いかける。選手達は襲われると思ったかも知れない” 

ついに大会が始まる。私はいつも遊んでいたジャズのサイトを思いっきり”サッカーサイト”にしてしまい、ジャズのサイトの方々にかなりひんしゅくを買ったと思う。私のある日の書き込み。
ータイトルー「あぁ~~~」  -書き込みー「負けたぁ~」

大会開始数日後凄いコマーシャルを見る。スポンサーのアディダス。
有名選手を使って幾つかのコマーシャルを作り大会中だけ流していた。私が目を見張ったのは
椅子に座ったアルゼンチンのユニを着たアイマールが、左足をピコピコ動かして、横に立っている研究者風の男性がアイマールの足の現象について説明をする。椅子に座り一点を見つめるアイマールのナント美しい事!私は思わずつぶやく「きれい☆」私の頭にはサビオラのサの字もすでに無かった。(ハクジョウモノ!)
アルゼンチンの試合を見た時はアルメイダの色気にくらくらした。「この人ロックやってんじゃないの!?ホワイト・スネークのデビットみたい!イヤ、こっちの方が若い!」(意味不明)
そして左指の薬指に金のリングをした美しいアイマールが果敢にボールを追う、蹴る。金色のリング。「アナと結婚するのね・・・・・」私が良く覗くバレンシアのサポートサイトではアイマールのワイフ、アナの事を以前 ”動くANA” と言っていた。
 
 大会が終わり私はスキージャンプしか見ていなかったケーブルでサッカーチャンネルの契約をする。そしてリーガを見始める。時々セリアのインテルも見る。しかしリーガが面白かった。
私はサビオラをサポートしようとバルサの試合を見始めたが、サビの応援は実にみじかくして終った。私は中盤から後ろの選手の熱いプレーに引かれ始めた。そこにいたのはプジョールだった。私はバルサのユニを買う時信じられないくらい迷った。サビオラ?ルイス・エンリケ?プジョール?そして今私はプジョールのユニを時々着ている。正直嬉しい。お金があればルイス・エンリケのユニも買っておくべきだったと後悔はあるけれど。

 友達にプジョールの事を聞くとこう言った。「ガタイが大きな人ですね。以前は腕を振り回して良くファール取られていたけれど、最近は治ったみたいですね」 ヘーェ、そうだったの・・・。
アルメイダ・ファン・ページにバルサ関連で、と言う事でプジョールの事を書いたら、常連の方が彼が両腕を後ろに回しゴールに入って、シュートされたボールを蹴り返している写真を載せてくださった。その写真でもうすでに私はプジョールにメロメロ。(第一級のミーハー)。
そうしながらもよくヘアスタイルを変えるインテルのアルメイダにため息を付き、クレスポの断末魔の様な叫び声を聞いて涙を流し、ある日気が付いたら、ヒマをもてあました私はプレミアリーグを見ていて、ホンの一瞬見たテレビでルートがコミックのコブラに見えた。「あれ?今あの人、サイコンガ使わなかった?」って感じ。
その日から私はルートに熱い恋心を抱きながらも、それを決して口にしなかった。
翌年シーズン開始前、誰かがマンUからリーガのチームへ移籍した。それ私に天国と地獄を味合わせてくれる事になった。
私は当時アシスタントをしていたお芝居の中のサッカー狂のイングランド人にシーズンが始まる一週間前こう言った。
「私、お知らせがあります。今年からマンUをサポートします。」サイモンは驚いた。
「えっ!マンUを!?なぜ?」
私は白状する。
「ルートが好きなの。でも言えなかったし、チームの応援もしたくなかった。でも今ははっきり得いる。私はマンUのサポーターです!」 (ちなみにサイモンはニューカッスルのサポーター)
私は経済的理由からリーガを見ていない。それはとても残念でならない。

 私は今も時々思う。最近はもう見なくなったセリアでレコバはどうしているだろうか?と。ルイ。コスタはまだミランにいるのだろうか?シェフチェンコは元気か?マルディーにはまだ続けられるのか?そしてネドベドは今年もカードを集めすぎて一番大事な試合を観戦する事になって私を喜ばしてくれるのだろうか?

偏見を誤解を生む文とミーハー気分のお気楽サッカーサポーターの日記。これが私のサッカーの観戦方、感染方。

P.S.
2002年のWCサッカーが終ると、反省、批判、そして狂乱のサッカー記事が飛びかった。私は当時ファンだったテレビガイド”TVブログ”に面白い記事を見つけ、かなりの数コピーを作り、いろんな人に郵送した。そして結構面白反応を得た。
記事の内容は「2002年のWCサッカーでの日本のサッカーはまるで小学生がしている、ひたすら全員がボールを追っかける”ワーワーサッカー”だ」というものだった。
さぁ、否定したい皆さん、お手元に2002年WCサッカーの録画をお持ちならば、その点に注意しながら、今一度観戦してみませんか?私はミーハーだし、昔”ワーワーサッカー”やった口だから、何もいえません。(と、また逃げる、ミーハー)

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by mercedes88 | 2005-11-25 23:24 | スポーツ

お久しぶり!

 知り合いが海外旅行から帰って来てお土産にお菓子をくれた。
彼女のお土産はいつも美味しい。彼女がどこへ行こうと、どんなものをお土産にくれようと。
今回もきれいなお菓子で私は当日見て楽しみ、翌日姉夫婦が尋ねて来た際一緒にそのお菓子を食べ、皆で「美味しいね」と言った。
 
 翌朝、私は右膝をポリポリかきながらお布団から出た。・・・・なんで私膝掻いてんだろう・・・・
その日は右膝の右端が赤く少し腫れた感じになって痒みがあった。
私は痒みに非常に強い。蚊に刺されてもまず掻かない。だからすぐに治る。
人にそう話すと、嫌われるか、変人だと思われる。別に構わないけれど。
その私がその日 時々右膝を触っては掻いていた。
 今朝起きると膝の赤みが少しだけ引いていた。痒みはもう無い。
しかし、布団の上で靴下を履こうと体育座りになった私に猛烈な痒みが襲った。
燃える様な痒みとやや熱い感じ。
「あっ、ヤダ・・・まさか!」
その感覚は実に懐かしい感じだった。燃える様な痒みに熱い感じ。
私はそっと布団の上で体の重さを一心に支えているおしりの右を浮かしその下に右手のひらを入れた。そして言った。
「やっぱり~ぃ!」
次に左のおしりにも同じ事をして、同じ感触をえた。それは蕁麻疹だった。

 私は10年ほど前、防腐剤や膨張剤が入っている食品を食べると、蕁麻疹が出来ていた。
蕁麻疹が出る場所は体の皮膚が柔らかい所。たとえばおしり。
私の場合ほとんどがおしりだった。
自分で気をつけそんな食品を避けているつもりでも、加工品には防腐剤は入っているだろうし
既製品のクッキーなどを食べると膨張剤の為だろうか、蕁麻疹は必ず出た。
食べた事を忘れても、蕁麻疹が出て来て、はて?何を食べたやら・・・・と思い返すと
大体何を口へ入れたか、思い出す。そしてそれを食べてはいけない食品のリストに載せる。
蕁麻疹は時として手のひらサイズのものもあり、MDくらいの大きさの時もある。
私はおしりに出来た蕁麻疹を鏡で見て同居人に叫ぶ。
「今度の大きいよー!今までで一番大きい気がするけれど、どう?」
同居人もふざけた性格だから
「見よう、見よう!」と言う。私は記録を残すのが好き。だから言う。「写真撮ろうか!」

 今回は左右のおしりに握りこぶしサイズが1つずつ。椅子に座ると熱いし、大きさが感じられる。
10年もの間、私は少しずつ体が強くなって、最近はもう全く出なくなっていた。
しかし、久しぶりのこのブヨブヨ感と掻痒感が戻って来た!
良い事か、悪い時はまた始まった蕁麻疹の襲来。
さぁ、この襲来はいつまで続くのか・・・・・。もちろん私は立ち向かう。記録を残しながら。

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by mercedes88 | 2005-11-22 22:22 | 日記

毎日観光バスで

 バス通勤を始めて4ヶ月が過ぎようとしている。
電車通勤が長かった私には、バス停に立って予定時間通りに到着しないバスを待つ事は結構辛い。
7月からの通勤で、バスが来るまでに一汗かき、仕事帰りはバスが来るまでにもう一汗。
秋が深まりつつあるこの季節、今からもう手袋をしてスカーフを首にグルグル巻いて、厚手の靴下を履いて、そしてすでにダウンを着ている状態。ほとんど着ぐるみ。「足元見えまっせ~ん」

 しかしこの数週間の通勤は実に楽しい。
私は7時10分前後のバスに乗る。割と空いていて椅子に座る事が出来る。そして私は職場までの時間、変わり行く木々の葉の色を眺める。
通りの雰囲気を100%変えてしまうイチョウの葉の変化。
若葉の緑を過ぎ、夏の鋭い日差しをブロックしてくれるたくましい濃い緑になり、そして朝のまだ夜が明け切れていない街の中でただ黄色く色づいただけなのに、街が以前より少し明るくなった感じがするイチョウの並木通り。道路に落ちている黄色に色づいたその葉達は、楽しげに車道や歩道に散らばり、行き交う車や自転車の作り出す風で可笑しなダンスを楽しんでいるよう。
桜の葉は一枚一枚が少しずつ変化を遂げている。毎日見ていると同じ木の印象が違って見える。
 通勤バスに乗って、毎日観光をしている気分を味わっている今の私。
「さぁー今日も観光バスに乗ろう!」という感じでバス停に立つ少し寒い朝。

 街の美術館へ向かう道を走るバスを私は”花見バス”と読んでいる。
私の通勤バスも、春には”花見バス”になるのかも・・・・・・・・。

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by mercedes88 | 2005-11-20 18:11 | 日記

社員食堂

 先日以前働いていた会社の取引先の会社の方と、久しぶりにお会いして夕食をご一緒しました。
 誰もが知っているビッグネームの会社の社員ですから、エリートです。
さすが経済観念もしっかりしております。
その方、お昼はいつも社員食堂をご利用との事。素晴らしきかな、社員食堂。
値段を聞いて私は
「私も食べに行っていいですか?」
と、芸の無い平凡な事を言って、自分で落ち込みました。
そこで切り返しに
「今日のメニューは何でした?」
とお尋ねすると
「えー今日はシュウマイが2個ついていましたね。」
私はすかさず
「グリンピース、付いてました?」
「いえ、付いていませんでしたね・・・」
私は続けて
「あー1円安!」
相手はゆとりで
「はっはっ!1円安ですか?」
興味を持って
「冷凍ですかね?」
「さぁ・・・どうでしょうね。1つは蒸して、1つは揚げてありました」
私は実に間の抜けた表情をして大声で言う。
「揚げたのと蒸したのですか?」
「ハイ。どうでしょうね、冷凍かどうか分かりませんでした」
私はまた大きな声で
「2個のうちの1つは揚げて、もう1つは蒸してるの?さすが大手」
「はっはっ、そうですかね」

その時は感動さえしたその揚げ、蒸し、シュウマイ2個グリンピース抜き。
今改めて考えると、そこに何かそうせざる理由があると私はみた!

・・・・・・・・・・・「ランチひとつー!」 「あいよ! おっと いけねぇシュウマイ1個落としちまったぜ」
 「大丈夫よ。私がそれ、 揚げてあげるわよ。天定の油だけど、いいでしょう?」 「助かるよ、おばちゃん」・・・・・・・・・・・・・・・・

デザートには生のフルーツがよく付くそうです。
大手の社員食堂めぐり、1度やってみたいです。

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by mercedes88 | 2005-11-17 23:00 | 日記

嵐の行き先

 年をとる事もなかなか良い事みたい。

ー嵐が来ても、それが必ずさって行く事を知っているからー

泣いている人に

「彼方を泣かせている嵐はいつかきっと彼方の体を通りすぎて行く」と言える。

「なぜ分かる?」と聞かれたら

「私の所に来た嵐も、私を通り過ぎて行ったから」と言える。

だから、立ち止まらないで、前を向いて歩いていてください。

嵐は彼方の体を激しく揺さぶって、そして彼方の後ろへ通り過ぎて行くから。

必ず、通り過ぎるから。

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by mercedes88 | 2005-11-17 06:30 | 日記

I do my best

a0053716_15434697.jpg 以前載せた写真は3年前に英語の先生達がしたお芝居「Rocky Horror Live Show」を記念に作ったTシャツです。
 プリントされているデザインはショーの為にスタッフの1人のポールが作成したポスターを使いました。
先週手渡ししたり、郵送したりして、先週末にはスタッフから「Tシャツ届いたよー」のEメールが次々に来ました。
サイズが本当に合っているかどうか、心配していた私ですが、彼らはそれには触れず、一応に
「ステキなTシャツ!」「パーフェクト!」などの感想を寄せてくれました。嬉しい限り。

 私はアシスタントとしてこのお芝居に参加させていただきました。
ショーの後、人に良く聞かれます。
「アシスタントって一体何をしたの?」
そして私は答えます。
「実はこれと言って何もやってないんですよー」

 2月の中旬、私は英会話の先生だったニコラからショーの監督のマイケル・デイリーの携帯の番号をもらい、びくびくしながらかけてみる。
マイケルはすでにニコラから私の事を聞いていて
「英語と日本語が出来るスタッフは必要だから歓迎するよ」
と言ってくれて日曜日の初めてのリハーサルに来るように言われた、時間は午後2時から。

 当日私は若者が夜集まる事で有名な通りにあるクラブに時間より少し前に行く。
8階にあるクラブにエレベーターで登る。
私はだんだんナーバスになってくる。
・・・一体私は何をすればいい訳?一体私に何が出来るの?・・・
そして時間が来てマイケルがやって来た。日本人の私を見るとすぐに声をかけてきた。
「さおりさんですか?・マイケルです。よろしく」
そして私達はお芝居をする事になるクラブへ入って行った。

 お芝居にはいろんな物が必要だった。それらを集めるのがとりあえずの私の仕事となる。
たとえばエディーが乗るバイク。車椅子。サックス。
バイクにはなかなか見つからなかった。
マイケルは安い中古を買おうか、とまで考えた。とにかくぎりぎりまで探そう、という事になって私はいろんなバイクを扱っているお店に電話して、レンタル出来ないか交渉した。
 そんなある日私は姉に用があって夜姉のうちへ電話を入れた。姉は外出中で下の甥っ子が電話に出た。私はー元気?最近なにして遊んでる?私は今あの有名な通りにあるクラブでお芝居する人達のアシスタントしているの。行った事あるそのクラブ?そうそうだれか知り合いにバイク持っている人いない?2ヶ月くらい貸してくれるとありがたいんだけど・・・・-と話した。
「さおりおねえちゃん、忘れた?お兄ちゃんバイクやでバイトしてるじゃん、今」
ガツンと一撃!
「あーそーだった!忘れてた。お兄ちゃんの携帯の番号教えて!」
すぐに上の甥っ子に電話を入れると
「あっ?バイク?(尻上りのイントネーション)オーナーに話せば借りれると思うけど、どんなノがいいの?」
「あのね、結構大きい外国人が乗り回しているバイクってイメージ、分かる?」
「あのさ、壊れてても良いって言ったよね。じゃボクのは?」
 それを見たマイケルはつぶやく。
「さおり、パーフェクトだよ。これ絶対使いたい!凄いよ、さおり!」
甥っ子と2人で彼のバイク屋から借りたトラックを夜クラブへ運び待ち合わせしたマイケルと3人でエレベーターまでバイクを押して行き、ドアの開いたエレベーターを中を見て3人で言う。
「入らない」
バイクが長すぎた。しかしマイケルはどうしても使いたい、と言っている。
そこへこのビルへ飲みに来たマイケルの2人の友人が声をかけてきた。
「よう、マイケル。元気?どうしたんだよ?」
マイケルが事情を話すと1人が言う。
「立てたらどうだ?」
マイケル、彼の友人の3人の外国人がバイクをウイリー状態にしてエレベーターの中で支え扉が閉まる。
私は甥っ子にもう1つのエレベーターで8階まで行くように言って自分は非常階段を走って登り始める。
私の方がほんの2,3秒ウィリー・バイクのエレベーターより早く8階に着いた。私は開いたエレベーターの扉を押さえ、マイケル達がバイクをゆっくり下ろしかけている時甥っ子の乗ったエレベーターが着いて彼もそれを手伝う。
そして私達はエディーのバイクをとうとう手に入れた。ハーレー!(もちろんハーレーではなくヤマハ)
 お芝居のリハーサルごとにバイクをウィリーにしてエレベーターの載せ、4階の物置から8階のクラブへ、終ると4階の物置へ、それをお芝居が終わり、甥っ子へバイクを返す日まで続けた。
 ロッキー役のもう1人のマイケルが1度私と一緒に非常階段を走り、エレベータのドアを押さえた際、初めて見た私の階段のぼりにこう言ってくれた。
「Good run!さおり」
そんな言葉の一つ一つが私を強くさせた気がする。

 本番が始まると、実際何もする事が無い。彼らが衣装を着てステージに上がる手伝いをして、お芝居が始まると私はカーテンの隙間から観客の反応を見て楽しんでいた。
2回目の本番の時ある事に気づいた。それはお芝居の途中でバックステージに戻ってくるフランクは鏡を見て化粧をチェックし、ティッシュで汗を拭き、またすぐステージに戻る。
私は3回目の時、その場面になると鏡のライトをつけ、ティッシュを2枚鏡の前に置いた。
フランクがバックステージに入ってくる。ライトがついている鏡を覗き、置いてあるティッシュで汗を拭き
「Thank you さおり」
と言ってステージに戻って言った。私は思った。-やっと何をしたら良いのか分かったみたいー
お芝居をしながら、アシスタント業を学んだ感じ。
そのトロさを許してくれたスタッフに感謝。

 リハーサルは土日の22時から5時、または4時から7時まで行われた。
土曜日仕事の日私は近くのファーストフード店でフライドポテトを買い、職場の冷蔵庫で冷やしていたフルーツを持って遅れてリハーサルに参加した。
お昼過ぎから缶詰状態のスタッフはポテトをつまみ、フルーツを口にしながらリハーサルを続けている。
そしてニコラがポテトをつまみに来て叫ぶ。
「さおり、結婚して~!」
ヴェネッタが言う。
「愛してる~!さおりーぃ」
食べ物で愛情は買える、しかも簡単に、しかもそれは実に安上がりだ。いい教訓だ。

 私は今でも覚えている。マイケルに初めて電話してこう言った事を。
「私自信、何が出来るのか分からないけれど、このお話は大好きだから、私に出来る事はベストを尽くしてします」

 そして私は千秋楽の最後の挨拶で名前を呼ばれステージに出て、近づいてきたマイケルにこう言われた。
「お客さんは誰も君の事を知らないけれど、僕らは君の仕事振りを知っているからね」
そして手渡された。
その年の Best Assistant Of The Year を。

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by mercedes88 | 2005-11-13 15:46 | 思い出

ヒッチハイク

 1979年の夏。私はヴァージニア州の山道を1人歩いていた。
私はコースター仲間と一緒に泊まっていたモーテル”ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ”からタクシーを呼んで皆で名所の『ウィリアムズ・パーク』へ行く事にした。
モーテルの表で待っていると、なんとリムジンがやって来た。
しかし、ドライバーのお姉さんは良く言えば”ぽっちゃり” イジワルに言えば”ダイエットの必要な”、愛嬌のあまりない人で、それでもピンクのTシャツを着て、右手にはビッグサイズの(あの事はグランテは無かった)コーラの入ったコップを持って、ストローを口に加えた状態で私達と対面した。
それでも、リムジンはリムジン。私達は大いにはしゃいだ。
「凄い!リムジンだぁ~」「おっおー!すっげーっ!」
はしゃぐ私達を見たドライバーのお姉さんは一言。
「悪いわね、エアコン壊れてんの」
私達は乗り込みながらはお姉さんの言葉をよーく吟味した。8月。時間は昼過ぎ。
そして1人が言った。
「オイ、窓閉めてエアコン効いてる振りしようぜ!」「おっけ~!」
お姉さんがつぶやく。
「バッカみたい」

 私達は無事締め切ったリムジンの中で熱中症になることも無くウィリアムズ・パークに到着。
全員きれいに整列して入場して行った。
私は仲間の1人に行った。
「この建物の中をしばらく見てから公園内へ入るから」
実は私は団体行動が苦手だ。このローラー・コースターの仲間でさえ
遊園地へ一旦入ると私は別行動を取る。1人で歩く。ひたすら1人で過ごす。
(過ごすと言ってもほとんどコースターに乗っているか、乗る為に並んでいるか、のどちらかの状態なのだけれど)
彼らは私の言葉を聞いて「オッケー」と言って先に公園内へ入った。
私は建物から1度外へ出て、そこから見渡せる全体を見て思った。
お昼間より朝早く来たらもっと良かったかも、夕暮れの頃も良いかも知れない・・・・
そして急に決断した。”うん、帰ろう”

再び入り口となっている建物へ入る。
アメリカの18世紀を思わせる作りになった建築物。
私は料金所の辺りに偶然居た日本人の中年のご夫妻を見つけ声をかけた。
「申し訳ありません。もし英語をお話になれるようでしたら、私にタクシーを1台呼んでくれる様レジの人に頼んでもらえませんか」
ご主人の方が英語が堪能で「じゃ私が呼びましょう」と電話を借りて1台タクシーを呼んでくれた。
私はその方からタクシー会社の名前を聞いて、建物の外に出てタクシーが来るのを待った。
5分程度でタクシーはやって来た。
私は自分のファーストネームを言って、オーダーした本人であることを知らせ、タクシーに乗り込みそして言った。
「『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』へ行ってください」
タクシーの運転者が何か言ったが私は聴いていなかった。
そしてタクシーは走り始めた。
そして私は自分のとんでもない無知さを知ることになる。
10分程度走っても見覚えのある風景が現れない、しかもウィリアムズ・パークには10分足らずに到着した気がしていた。
私はドライバーに聞いた。
「『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』へ行きたいのですが・・・」
するとドライバーは言った。
「知っているよ。ジャクソンタウンのだろう?」
「ジャクソンタウン?ジャクソンタウンなんて聞いたこともない」
「えっ?俺はてっきりジャクソンタウンの『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジかと思ったよ」
「あのー、すみません。ウィリアムズ・パークまで引き返してください。お願いします。」

『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』はその後私の人生に度々登場する、アメリカの比較的良心的なモーテル・チェーンだ。
いろんな州のいろんな所に、しかし全く同じ作りで『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』はある。
この時私はジャクソンタウンの『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』には泊まっていなかった。
しかし、自分が泊まっている街の名前を覚えていなかった。これもかなりのドジ。
とりあえずウィリアムズ・パークの戻りタクシーのドライバーにお金を支払って、最度入り口の建物に入って、先程のご夫妻を探すも、もちろんいるわけがない。
私はタクシーが呼べない状態だ、と言う状況が理解できた。
ータクシーには乗れない。なぜならば、どの町の『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』か私は知らないからー

 私はとりあえず記憶を頼りに歩いて帰る事にした。
車で10分程度なら歩けない距離ではないはずだ。
もちろん歩けない距離ではない、でもタクシーだったら”楽"だろう距離だ。

 私は歩き始めた。3分ほど歩くと右側にガソリンスタンドが見えた。
私は地図とか、地名とか、そんなものを調べるのに、”イイかもしれない”と考え入って行った。
ガソリンスタンドの従業員は1人だった。ダークブラウンの髪がカールしているガッシリしたタイプのいかにもーアメリカンー
「すみません、この辺で一番近い『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』へ行きたいのですが、道を教えてくれますか?」
彼は私を見て聞いた。
「そこまでどうやって行くの?」
「歩いて」
「OK,時間はかかると思うけれど、この西60号線を通って行くんだ。そしたらここで信号がある。
そこをこっちへ行く。そこをずーと歩けば『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』はこの道の左側にある。分かったかい?」
「あの、このメモもらってイイですか?」
「もちろん、はい。気をつけてね」
「ありがとうございます」
私はもらったメモを見ながら歩き始めつぶやく・・・・スーパーマンみたいな人・・・・・。

西60号線は両側が背の高い木々に挟まれた道路。私はその木々を見ながらある事を思い出していた。

ーそれはしばらく前に読んだ雑誌「ポパイ」のアメリカの記事を集めたページにあった記事。
写真は女の子がテーブルに両肘を着いて笑っている。しかし彼女の肘から数センチ先は両手とも無残にも無かった。
笑顔の彼女はキャンペーンを張っていた。
 「ヒッチハイクなんかやっちゃダメよ!見てこの私の両腕。家出をしてどこかへ行こうと思ってヒッチハイクをしたら、止めてくれた車の持ち主にレイプされて(その頃レイプなんて言葉も凄く衝撃的だった)オマケにチェーンソーで両腕切断されたのよ。だから皆、ヒッチハイクなんかしちゃダメよ!」
耳を澄ますと、木々を切っている音なのか、チェーンソーの音が聞こえる。
そして道路の右端を走っていた私の背後から来た4ドアのいかにも高そうな車が私を通り越して
音も無く静かに泊まり、助手席のドアが開いてドライバーが後ろ向きに笑顔でこう言う。
「どこまで行くの?乗りなさい」
私は笑顔で首を左右に振りながら大声で言う。
「ありがとう。でも結構です」
そして車を追い越して顔を上げずに歩き続ける。
車は音も無く走り始め、私の横を通りこしてアッという間に見えなくなる。
かすかに聞こえる音。どこかで誰かが、チェーンソーを使っている、確かに。
2代目の車が止まる。似たようなやり取り。似たようなシーン。
そして遠くで唸るチェーンソー。
3代目の車、三度繰り返される場面。

 私はだんだん自分が強くなって行く気がしながら、スーパーマンからもらったメモを時折見ながら
信号を上手に通り過ぎ、しばらく行けばモーテルが見える道へと出て来て少しホットした。
信号とってもこの道の信号は空中に浮かんでいる信号で、見ようによれば、どの道も同じに見えた。
この難関を突破した事は今思えば奇跡に近い。方向音痴な私が一度しか通った事がない道
しかも車で通った道を、自分の足で歩きながら、同じ道を戻っているのだから!
方向音痴の方なら、この2行の文がいかに凄い文かお分かりいただけると思う。

そうしてようやく、例の、どこへ行っても同じ『ハワード・ジョンソン・モーター・ロッジ』の看板が見え
私は自分の部屋の鍵をフロントでもらおうとしたが、部屋にはルームメイトが帰っている、と言われた。
確かに部屋には私が一緒にウィリアムズ・パークに出掛けた連中がすでに帰って来ていた。
彼らはみんなでビールを飲みながらのんびりしていた。
そして1人が言った。
「お帰り。俺たちさおりちゃん見たんだよ~、車の中から。歩いて帰って来たんだねぇ」

 この話、以前から書くべきか、どうか迷っていたけれど、書く事にした。
結構笑えると思うし、私自身、当時だって笑った。
最後の行の言葉を言われた時はさすがに、「ったくもー!止まってくれたらイイのに」
と、思ったけれど、彼らは攻められない。
彼らは、私が”1人が好き”な事を知っているから。
きっと車の中で話した事だろう。
「あっ、さおりちゃんだ。彼女ホント1人が好きだよねー」

 遠くからでもそれと分かる、黄色いチェーンソーの小さな音。
 止めてもいないのに止まる良心的なアメリカ人のドライバー達。 
 そして、両腕を切り落とされた少女。

どーして止まってくれなかったのよー!私2時間以上歩いたのよー!!

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by mercedes88 | 2005-11-11 22:19 | 思い出

Rocky Horror Tshirts

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3年前、通っていた英会話スクールが閉校した。
私は最後のレッスンで担当してくださったNZ人の先生に尋ねた「これからどうされるのですか?」
先生は陽気な声でこう言った。
「私とバレリーをハックの3人は『Rocky Horror Show』をするの」
私はほとんど叫ぶ感じで
「ワーッ!私あの映画大好きです。絶対見に行きますからね!」
すると彼女は真面目な顔でこう言った。
「アナタ、あの映画そんなに好きなの?じゃ仲間に入りなさいよ」
「先生、私、歌もダンスも出来ません!」
「アシスタントになっていろいろお芝居を助けてよ」
そう言われると断われない。
そして私はThe Rocky Horror Live Showのアシスタントとして
2月の中旬、毎週土日のリハーサルに始まり
5月18日から6月29日の日曜日だけの本番まで
私は彼らのお手伝いをさせてもらった。
これ以来どれ程私の生活が変化したことか・・・。

今年アメリカから戻り、リクルート活動をして、幸運にして私はある会社に拾って頂いた。
ハローワークから求人募集のファイルを見て、何度面接の予約を入れてもらった事か・・・。
そして仕事を始めた私に、ハローワークから「お祝い金」が届いた。
なんと10万円以上あるじゃないのよ~!
私は小躍りしたが、帰りに銀行によってそのお金を他の通帳に移した時思った。
「この仕事をもらったのも、あのお芝居以来変わった私だからもらえたんだと思う。じゃこのお金で何かお礼をしよう・・・・・」

そう思った私はGAPは行き、バーゲン商品となっていたシーズン違いのTシャツを一応考えてサイズを選び、お芝居の時に使ったポスターを我々のお芝居のマークにして
T shirtsを作ってしまいました。
お芝居に関してはまた改めて書きたいと思います。
とりあえず、Tshirts見せたいばっかりに、写真撮りました。
後ろはスタッフの名前が並んでいます。

皆が気に入ってくれたら良いけれど・・・・・・・。

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by mercedes88 | 2005-11-06 23:49 | 日記

風になりたい

 以前友人と大喧嘩をして、家を飛び出した事がった。

夜の0時を回っていて、どこにも行く所もない。
アパートの周囲を2回って、次に近くのコンビニに行って店の中を隈なく歩いて
店の外にある公衆電話で自分の部屋に電話を入れた。
いつも留守電にしている私の電話のベルが4回鳴る。
そして留守電に切り替わる。
私は友人の名前を呼ぶ、2回。
そして友人は電話をとって「はい」と答える。
私は言った。
「今から歌うから聞いてね」
そして私は”風になりたい”の初めの出だしを歌い始めた。
友人は何も言わずに聞いている。
私は友人に聞く。
「意味、分かった?」
友人は言った。
「分かった」
私は「ありがとう」と言って電話を切った。
それから私はアパートの周囲を2回り、アパートのエレベーターを使わずに
月を眺めながら、アパートの部屋のフロアへ登って行き、自分の部屋のドアをあけた。
友人のいる部屋のドアを開いた私に 友人が言った。
「風が入って来たからドアを閉めて」
私は静かにドアを閉め、眠りにつく準備をして横になり
自分の中にあるロウソクの炎が消えていない事を確認して
そして深い眠りに落ちた。


♪天国じゃなくても 楽園じゃなくても  あなたに会えた幸せ 感じて風になりたい

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by mercedes88 | 2005-11-05 23:51 | 日記