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Born to RUN

 帰宅するために利用するバス停から歩いて3分ほどの場所に職場がある。
この1年、緩やかな坂になっているこのバス通りを何度職場からバス停に向かって走った事か。
もうマラソンランナーは引退して随分になる。
職場を出ると、目の前の赤信号で停車中のバスが
まさに今からスキージャンプへの体制に入る、と言った感じの角度で車首を上げて止まっている様に見える。
軽い坂だが、入社した当時、会社の窓から向かいの道路を行き交う車を見ていると

『駆け上るバス、転がり落ちるトラック』

という言葉が頭に何度も浮かんだ。

私は止まっている車の間をすり抜け向こう側へ渡り、手にバスカードを持って走り始める。
信号はイタリア人を真似て、車が来ていないことを確認すると無視し、小道を渡る。
歩道の向こうからやって来る自転車野郎のため、4,5歩車道へ降りて道をゆずる。
「一体どっちの為の歩道なのよお・・・」-でも、別にイイじゃないの。相手は若者だし、音楽聞いてるし。(だから?)
青信号でゴーサインを貰ったバスが私の横を通り抜けていく。

「あー、もうダメ、分ってる、分ってるって、無理だって。OK,OK.今日のレースはもう終わり・・・」
それでも私は走っている。
・・・・・もうイイって言ったじゃない!・・・・

バス停は交差点の向こう側にある。
私の横を通り越して行ったバスが交差点を越え、すでにバス停でお客の乗り降りをさせている。
私の前にはまだ最後の直線コースは残っているし、交差点という障害物もある。
息が荒い。上手く呼吸をしないと、過呼吸気味になりそうな感じ。
もう歩こう・・・・・・
そう思う私の目に、乗るためのドアをあけたままで、バス亭で停車しているが微振動でお尻だけを動かしているバスが見える。

『やめてよー!私を殺す気!勘弁してよ、頼むから!』
そうブツブツつぶやきながらも自分の足が止まらずに動いて、顔が緩むのを感じる。

『死ぬ、もう死んでしまう、あ~もうダメだ~ぁ』

バスにたどり着く。大声でほとんど叫ぶ。

「ありがとうございます」

何人かの乗客が私を見ている。
バスは私が椅子に転がり込むとゆっくり出発する。

この1年、何度と無く繰り返されたこのシーン。
それが後一週間で終わりを告げる。
まさに、幸か不幸か、と言う気持ちだけれど。

この1年、職場で学習できた事は、今まで私が学ぶ事が出来なかった事ばかりだった。
再確認も含め、それらは私には本当の意味で必要な学習だった。

いろんな事があった。
それは職場でも、プライベートでも。
そしてどちらもが、関係ない様に見えていたが、美しく絡み合い、刺激し合い
そして私に自分への戒めと、生きるためのルールを気づかせた。
たとえば、自分が明日どうしていたいのか、その為にはどんな事を今しなければいけないのか。

私は7月末日で今の職場を去る。
新しい目標に向かって歩き始める為に。
目標が見つかった事は素晴らしい事だと思う。
自分が一体何をしたいのか、何をすれば自分の力を120%まで発揮できるか。
それに今、自分が気が付いたなんて、驚くべきこと、本当に。

1年しか所属しなかった職場には大変申し訳ないと思う。
それでも、この1年は私には必要な、1年だった。
でも、あえてそれは何も言わずにおこう。
3年後、5年後、私が今のボスに会って語れる時が来る事を信じて。

ボスの部屋へ時折入る際
いつもピアノで演奏されるバッハを耳にしていた。
ある日ボスに尋ねた。
「あれはグレン・グールドですか?グールドがお好きなんですか?」
ボスは答えた。
「そう、グレン・グールド。彼が好きと言うよりもバッハが好きなんだ」

私はボスに村上春樹に薦めてもらった山下和仁のバッハの「組曲」、
ポール・ガルブレイシスのクラシックギターでのもの、そしてダン・ラウリンのリュートでのバッハのものを贈ろうと考えている。


1年前、このサイトへおいでくださる皆様の沢山の応援とお祝いのお言葉を頂いて、
就職してスタートした事をしっかりと思えています。
皆様のサポートが無ければ、あれほどのパワーを私は持ち合わせていなかったでしょう。
それほど辛い時期でした。
そして今、この1年で学んだことをパワーに変えて、再スタートします。
一年前のー拾ってもらった就職ーではなく
自分でしか出来ない事をするため、新しい大きな一歩を踏み出します。
どうかこれからも、皆様応援をお願いいたします。

いつもいつも応援をしてくれる、家族、Judy & Bob,愛しい友達たち、ロッキーホラーの仲間達、ジャズのサイトの皆様、そしてこのサイトを訪れてくださるか皆さんに、心から感謝致します。
どうもありがとうございます。

Thank you & I love you, guys!!
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by mercedes88 | 2006-07-23 09:55 | 日記

茂木さんの本について

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茂木健一郎さんの「脳と仮想」がとても面白かった。

私が茂木さんを知ったのは昨年の10月14日らしい。
その日のブログに(Mercedes's Diary...before)に「幸運をつかもう!」というタイトルで話を書いている。

それは「ノーベル賞をとるために使う脳の部分と、ステキな恋人を見つけるために使う脳の部分が実は同じ場所なんだ」という意味の話。
茂木さんは実に面白く語られた。
私はそれで茂木さんに興味を持った。
その日のブログのページへ飛べるようにしたいのだけれども、どうも私には無理なようで・・・。

幸運をつかもう!

『美しい理論」のmironさんの応援で、以前の私のページ「幸運をつかもう!」へ飛べるようになりました。
mironさん、どうもありがとうございます!感謝します!!!!!


その日の朝のNHKのニュースの10分程度の特集で茂木さんはその話をされた。
しかしその時のNHKの茂木さんの紹介の言葉も凄い。
「脳がご専門の茂木さんにお話を伺います」
何処そこの大学の教授とか助教授という肩書きもなければフルネームでさえもない。
しかしその茂木さんが小林英雄賞をこの「脳と仮想」で受賞されると
日和見主義のNHKは今では茂木さんに番組を持たせて司会をさせている。
私は茂木さんに興味を持って、その頃本屋へ出掛けたが、茂木さんの本はなかった。
しかし、もちろん小林英雄賞を受賞された後は受賞作の「脳と仮想」と以前に出版されていた「クオリア降臨」なども平積みで置いてあった。

で、一体この本の何処がそんなに面白いのか?

それでは・・・・たとえば
今、ここに恋人たちが南の島の波打ち際にたたずんで沈む夕陽を眺めている。
「ステキな夕陽ね、とっても」
「そうだね、きれいだね、ホントに」
そして彼らは休暇を終えて帰宅し、ある日こんな会話を交わす。
「あの日の夕陽の事覚えている?ステキなオレンジの色だったあの夕陽?」
「もちろんだよ、とってもきれいな色だったね」
・・・・・しかし、誰が証明出来るだろう、恋人たちが今彼らの脳裏に思い浮かべている夕陽の色が、全く同じ色のオレンジとして彼らの脳裏に描き出されていると・・・・・・

たとえば・・・・
今、ある人が友人に向かって、自分に起きた悲しい出来事について語っている。
友人はうなずきながら話を聞き、こう言う。
「辛かっただろう、そんな悲しい事があっただなんて」
・・・・・しかし、誰が証明出来るだろう、この2人が使っている『悲しい』という言葉の意味合いが
全く同じ量、同じ深み、同じ種類の『悲しい』であると。
それに、この『悲しい』という言葉が、たとえば戦時中に、当時の人達が口にした『悲しい』の意味、深み、痛み、苦しみ、と現在のそれとが同じものだといえるだろうか?
違うならば、一体、どう違うのか説明が出来るだろうか・・・・・。

一体何の事が書いてあるのか、それは?
茂木さんはクオリアについて研究してきた人だ。
じゃ、そのクオリアとは一体なにか?
茂木さんの説明によると
「小林英雄は言った『科学は経験を”計量出来る経験”だけに絞った』
人間の経験のうち、計量出来ないものを現代の脳科学では「クオリア」(感覚質)と呼ぶ。
赤い色の感覚、水の冷たい感じ、そこはかとない不安、たおやかな予感
私達の心の中には、数量化することの出来ない微妙で切ないクオリアが満ちている」

あーもうこれで精一杯。
いくら私が書いてもこの本の面白さを上手く書き表せないだろう。
それなのに、私はこの本の要約を英会話の先生に話す約束をしている。
「なんでそんな約束したんだろう・・・・全く」

この後悔を誰が正確に理解してくれるだろう・・・・・・・。
それもまた不可能なことに違いないだろう。
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by mercedes88 | 2006-07-17 13:24 |

あぁぁ・・・終ったぁ・・・

 我がアルヘン・チームへ
運命の女神が白いユニフォームを好んだのは
スタジアムの歓声に押されただけかもしれません。
感動をありがとう。これからも私のサポートは続きます。

 ウクライナのシェフチェンコへ
あなたがピッチを去る姿を私は忘れないでしょう。
あなたの目に涙は見えなかったけれど、そんなことはどうでも良い。
あなたが今、そこを歩いている事、その事が事実なのだから。
「天晴れ、シェフチェンコ!」
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by mercedes88 | 2006-07-01 06:06 | スポーツ