彼はまるでそれが人事の様に言った。
「近頃眠れないんだ。疲れているのに眠れない・・・まぁそのうち眠れると思うけれどね」 彼女はわざとそれが大した事ではないという感じで、椅子の背もたれに預けた体を動かさずに言った。 「何日ぐらい寝てないの?」 彼は短く答える。 「2週間」 彼女はゆっくりと言葉を選んで言った。 「全然寝ていないはず無いから、短くても深い眠りをしていれば大丈夫よ」 彼がカフェの天井を仰ぎ見ながら言った。 「知ってる。だから心配してないし・・・」 1年前のある日、彼は彼女に言った。 「これに関しては君とは違う考えなんだけれど・・・・」 半年前のある日、彼女彼に言った。 「あなたが行く事を知っていたら私も行くんだったのに・・・」 そんな言葉を聞いて、彼らは思った。 彼は、彼女は、どう思っているのか・・・彼の事を、彼女の事を。 今彼は、彼女と同じテーブルに座り、彼女の目を見ながら話をしていた、落ち着いた声で。 「君のケースとは全く違うんだ。それにこの1週間は眠れるようにもなったし・・・」 彼女は興味なさそうに答えた。 「良かったわね」 彼は思った。 ・・・彼女の気持ちが離れていった・・・ 彼女は確信を持った。 ・・・彼はもう私の事なんか考えていない・・・ 彼は言ったことがない、彼女への思いを。 彼女は触れた事がない、彼に。 そして今、彼は切なく思った。 ・・・彼女はもうボクを想っていない・・・ 彼女は今、ため息をついて悟った。 ・・・彼はもう私の事など見ていない・・・ たとえ彼が『今も君を想っている』と彼女に伝えても たとえ彼女が『今もあなたを愛している』と彼に伝えても 彼らはその言葉を信じない。 知りたいけれど、知らない事を選んだ。 そう決めていながら、彼は、彼女は、必死に真実を探した。 言葉では無い、目に見えるもので、すべてで。 彼は密かに思う。 ・・・この世の中で一番必要な人は彼女だ・・・ 彼女は密かに思う。 ・・・彼に出会えて幸せだわ・・・ 言葉を使う事を恐れ、彼らは、自分の思いを無視してきた。 そして今、彼は、彼女は、自分達のゲームのルールの複雑さを知った。 彼は思っていた。 ・・・彼女に愛と告げても、彼女は信じないだろう・・・ 彼女は思っていた。 ・・・彼に想いを告げても、彼が戸惑うだろう・・・・。 彼は、彼女は、深刻すぎた、臆病すぎた、求めすぎた。 そして、彼は、彼女は、今、もう終ったことを知った。 何も始まらずに、それでも終わりの幕が下りた事を。
by mercedes88
| 2006-11-26 09:54
| ストーリー
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